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遅くなりましたが、バレンタインでいを書かせてもらいます。ただ、私はキーボードを打つのが遅いんで、一気に書くと4~5時間くらい(または以上)かかってしまいそうなんですねえ。・・・ということで、今回は連載小説にします。一週間に一度くらい更新します。5話くらいで終わらせるつもりですが。
バレンタインでい、ということで、少しだけ恋愛もの?のつもりです。無理があるかもしれませんが。もし無理があったら、家族ものということにしておいてください。今までの魅世の作品には家族ものはありませんから。
では、もし時間がありましたら読んでください。
1.
とうとう明日か・・・。
窓の外には、灰色の空が広がり、冷たく張り詰めた空気が、道行く人の体を冷やしていた。
今日は二月十三日。明日の二月十四日はバレンタインデー。と同時に、私の家族がばらばらになる日でもある。そう、離婚ってやつだ。
お父さんとお母さんの仲が悪くなったのは、一年位前からだ。そのころは、ずっと寝たきりだったおばあちゃんが死んだり、お父さんの会社の経営状態が悪くなったりと、家族みんなが、へとへとに疲れていた。そのせいで、家の中では口論がたえなかった。私は、外出することが多くなった。何も言わずに友人の家に泊まり、何日も帰らないこともあった。そろそろ仲直りしたかな。そう思って私が家に戻ったとき、すでに家庭はめちゃくちゃになっていた。
あと少し。あと少しで、何も心配することはなくなるのだ。私はお母さんと一緒に実家へ戻る。そこにはお母さんのお兄さん夫婦もいるから、お金に困ることはない。とりあえず、大学卒業までは面倒を見てもらえる。この先には、充実した日々が待っているのだ。
あと少し。私はそう念じ、目を閉じた。
「どうして分かってくれないのよ!?」
「それはこっちのセリフだ!そっちこそどうなんだい!?」
また始まった。私は枕に顔をうずめる。父の怒鳴り声。ドンドンと乱暴に壁をたたく音。母の悲鳴。泣き叫ぶ声。もういやだ。胸が締め付けられるように苦しくなる。息ができなくなる。いつもの発作だ。
胸を押さえながら、必死で息をし、コートとマフラーを身に着ける。部屋のドアをそっと開け、忍び足で玄関に向かう。一刻も早くここから抜け出さなければ。
私はまだ、発作を止める方法を知らない。だからこうして逃げ、一時的に押さえているのだ。
家の外は、雨が降っていた。いや、違う。霙(みぞれ)だ。空を見上げながら、私は思う。雪か雨か、はっきりすればいいのに。中途半端な霙には、何となく親近感が持てた。と同時に、苛立ちを覚えた。
手に息を吹きかけながら、私は町中をさまよい続けた。そのうち、足がいうことをきかなくなり、人影のまばらな図書館前の公園のベンチに腰を下ろした。
公園にいた人たちは、次々と急ぎ足で去っていった。
いつの間にか、公園の中にいるのは私ひとりになっていた。
手が、足が、そして体中が冷えてゆく。心までもが、冷えきってしまいそうだった。今、凍ってしまったら、一生とけないような気がした。だけど、どうしたらいいのか、今の私には分からない。私はベンチの上にうずくまった。
男は、布団の上に寝転び、天井を見上げていた。
薄暗いアパートの中に、ドンドンとドアをたたく音と、管理人の怒鳴り声が響いていた。けれども男は身動き一つしようとせず、ただじっと宙の一点を見つめていた。
やがて管理人は大きなため息をつき、捨てゼリフを残して去っていった。
男は起き上がり、手に取った瓶を見た。中に入っているのは睡眠薬だった。といって、ただの睡眠薬ではない。夕べ、近所のN博士宅に忍び込んで手に入れた新薬なのである。
男はその薬の近くに置かれていた説明書を注意深く読むと、うっすらと笑みを浮かべた。
この薬は、まさしく、おれがずっと探し続けてきたものだ・・・。
その男は、一年ほど前から、、眠れない日々が続いていた。もともと神経質な性格ではないのだが、最近は、悪夢ばかり見ていて、ゆっくりと眠ることができずにいた。
悪夢といっても、怪獣が襲ってきただとか幽霊が出てきただとかそんな子供じみたものではない。
男は、夢の中で、いつも殺されそうになっていた。半殺しの状態で、目が覚める。朝からいやな気持ちで過ごすわけである。それが何日も続くのだから、とても仕事などする気にはなれない。その男はもともと不真面目だったので、くびになるまでにそう時間は要しなかった。
夢の中で自分を殺そうとする相手は、いつも、身近な人間ばかりであった。一昨昨日(さきおととい)は友人、一昨日はアパートの管理人、昨日に至っては兄であった。
そしてみんな、少なからず自分に恨みを持っている人間であった。
ばかばかしい。疲れているのだろうか、おれは。そう思い、神経科にも何度か通った。しかし、一向によくならない。そうしている間も毎日、夢の中で半殺しにされていた。そのうち、男は眠るのがいやになった。
とうとう、男は眠る、ということができなくなった。
そんな時、この薬を手に入れたのだ。
その薬の効果、それは、夢のような夢が見られる、というものだった。この世の幸せというものをすべてあわせたような夢、それが見られるのだ。まさに夢のようだった。
説明書には、水と一緒に一錠飲み、目を閉じればよい、と書いてあった。別に一度に二錠飲もうが三錠飲もうが体に悪影響はないのだが、薬の数には限りがあるので、一錠ずつがよい、とも書いてあった。
ただし、最後に、注意書きが一つだけ書いてあった。
夢の中で、人を殺してはいけない。
なぜ殺してはいけないのかは書かれていなかった。でも、さほどたいした問題ではなかった。その夢は、幸せの塊のようなものなのだ。そんな夢の中で、しかもいたって正常な自分が、人を殺すわけがない。
男はその薬を口に含むと、一気に水で流し込んだ。
夢の中は、まさに幸せそのものだった。世界一幸せであるといっても過言ではなかった。
豪華な食事、美しい妻、幸せな家庭が、そこにはあった。現実では絶対に手に入らない世界があった。
男は、毎日、その世界を楽しんだ。
そのうち、薬を使う頻度は増していった。一日一回が、二回、三回と増えていった。睡眠時間は、生活の半分を占めるようになり、やがて、一日のほとんどにもなった。
夢の内容は、日に日によくなっていった。もはや、幸せ以上のものであった。
それとは反対に、現実の生活は悪化していった。貯金は底をつき、家賃の滞納によってアパートを追い出された。男は公園のベンチで、星空を見上げながら薬を飲んだ。
夢の中で、男は、妻に向かって言った。
なあ、もっといい所に住まないか。ここじゃ景色も悪いし、ひとつ田舎に広い土地でも買って、のんびりと暮らそうじゃないか。
そうね・・・
早速、男は妻を連れて土地を見に行った。なかなかの土地だった。そこが気に入った男は、すぐにその土地を買うことに決めた。
あら、近くに公園もあるみたいよ。行ってみましょうよ。
妻は、男の手を引いて、公園へと向かった。公園の隅に、ベンチがあり、そこで一人の男が寝ていた。
もしもし、大丈夫ですか。
男はその人に声をかけた。しかし、返事はない。体をゆする。その男は、かすかにうなり声を上げた。恐る恐る顔を見た。そのとたん、男はわっと叫んだ。それは自分だったのである。
妻も覗き込んだ。彼女もまた、悲鳴を上げ、男の後ろに隠れた。
その人、悪魔なのよ。あなたに化けて、私たちの幸せを奪おうとしているのよ。
妻は、震える声で訳の分からないことを言った。
何を言っているんだい。
でもそれ、あなたじゃない。その人を、殺さなきゃだめよ。
妻がそういったとたん、男は、薬のことを思い出した。これは、夢なんだ。ここで、こいつを殺してはいけない。たとえ自分であったとしても、殺したことになるかもしれない。
しかし、妻は、狂ったような目つきで、どこからかナイフを取り出した。そして、その男の心臓めがけて振り下ろそうとした。男はとっさに、妻の腕をつかんだ。
まて!なにをするんだ!これはおれなんだぜ!?殺したらおれはどうなるか分からない
放して!殺さなきゃいけないのよ!
妻は暴れた。周りにはおかしな様子に気づいて人が集まってきた。
やめろ!やめるんだ!
二人はもみ合いになった。ナイフが振り回される。周りの人々はただ呆然と見ているだけで、何もしようとしない。妻はさらに暴れ、男も必死でそれを止めようとした。
あるとき、ナイフが妻の胸に刺さった。崩れるように、妻は倒れた。男は急いでナイフを抜く。血がどくどくとあふれる。妻の顔は青ざめ、やがて、動かなくなった。
殺してしまった・・・!!
男は、禁止事項を破ってしまったのだ。急いで目覚めようとする。しかし、目覚められない。
そのとき、ベンチに寝ていた男がむくりと起き上がり、落ちているナイフを拾った。
そして、にやりと笑い、その刃先を男に向けた。
あばよ・・・
公園のベンチの上に、男が一人、横たわっていた。
一週間前から、ずっと寝てるんですよ、あの人。
何日か前、目を開けてボーっとしていたので、どうしたんですかって聞いたんですが、ただぶつぶつと何かをつぶやいているだけで・・・。禁止事項がああだこうだと言ってました。
公園の付近の住民は、交番の巡査に訴える。巡査は公園まで行って、その男の体をゆすった。
もしもし、大丈夫ですか。
しかし、反応はない。すでに息はなく、男の体は冷たくなっていた。
そばには、薬の瓶が、落ちていた・・・。
以上!今回のは失敗作です。本当は載せたくないんですが、もうどうしようもないんで載せます。
読んでくださった人、つまらなくて申し訳ありません。
あと、話に無理があるでしょ~とは言わないでください。本人も十分に分かってますんで。。。
それから、寿へ。次のお題は39で!!
「いってきまーす」
勢いよく玄関の扉を開け、外に出た。思い出したように蝉がうるさく鳴く。
私はいつものように橋の欄干にもたれて、一緒に登校するたった一人の友達を待つ。風に髪をなびかせ、そっと目をつむる。
風の音の中に、かすかに「おはようございます」という懐かしい声が聞こえたような気がし、驚いて目を開け、後ろを振り向く。
しかし、あの人の姿はどこにもない。
川のほうに視線を戻し、もう一度目をつむる。今度は、よく聞きなれた明るい声が聞こえた。その声に向かって、私は思いっきり手を振った。彼女は手を振りかえしながら、こちらに向かって駆けてくる。
それは、私がこの地に引っ越してきて間もない、春のことだった。
そのころの私は、クラスになじむことができず、新学期早々いじめられていた。親にも先生にも相談することができず、一人で悩んでいた。
学校に行くのがいやで家の近くの橋から川を見下ろしていると、後ろから声がした。
「こんにちは」
振り返ると、白髪交じりの、やせた男の人が立っていた。どこかで見たことのあるような顔だったが、誰かはよく分からなかった。
「こ、こんにちは」
とりあえず返事をしたが、心の中では相手を警戒していた。
「お名前は?」
私が名前を言うのをためらってると、彼は私の名札を見た。
「ああ、最近引っ越してきた方ですね。私は隣に住んでいるものです」
何だ、隣のおじさんだったのかと、私はすぐに警戒するのをやめた。
「学校には行かないのですか?」
「・・・行きたくないんです」
私が川に視線を戻すと、彼は、ほう、といって私と同じように川を見た。
「行きたくない日もあるでしょう。そういう日は無理に行くことはありません」
ふと、おじさんが鞄を持っているのを見て、私は聞いてみた。
「おじさんは、仕事は無いんですか?」
「ああ、この近くの中学校で働いています」
「・・・えっ?行かなくていいんですか?」
おじさんはのんきに笑いながら、大丈夫ですよ、と言った。
私が黙ると、彼は話し始めた。
「こうやって、橋の上から川を見下ろしていると、自分が流れているような気がしてきませんか?流れているのは川のほうなのですが」
その言葉を聞き、じっと川を見つめてみた。確かに、船に乗って流れていくような錯覚を覚えた。
そのうち、段々と目が回ってきた。
「うわ、気持ち悪い」
「はっはっは。気分が悪くなりますな」
「はい。でも、何だか面白いですね」
さわやかな風が吹き、桜の花が舞った。
「今から走って行けば、まだ間に合いますぞ」
懐中時計を見ながらおじさんが言った。
「本当は行きたいんですよ。でも私はクラスにいてはいけないような気がするんです。居場所が無いのにいたって、苦しいだけでしょ?向こうもそれを望んでいるようだし」
「私も、邪魔者扱いされることがあります。たいしたこともしてないのに偉そうにしている人、と思われているようです。でも、私が休んだらどうなるか・・・考えただけで笑えてきますな」
「どうしてですか」
「私は、時間割を作っておるんです。時間割が無かったら、どうなると思います?」
彼は時計を見ながらにやりと笑った。
「おじさん・・・!学校へ行ってください」
「あなたは行かないのですか?」
彼は橋の欄干にもたれてのんびりしている。
「行きます!行きますから、おじさんも!!」
「分かりました。走りましょう」
彼のその言葉を合図に、私たちはひたすら走った。
神社の前あたりで息が切れてきて、いったん止まった。後ろを振り返ると、すでにおじさんの姿は無かった。
この近くの中学校って、どこなのだろう。私は自分の通っている中学校以外は知らなかった。
その次の日も、そのまた次の日も、やっぱりおじさんは橋にいた。
そして、私が学校に行くと言うまで、彼はそこを動かなかった。
なぜそこまでして私を学校へ行かせたいのかと聞いてみても、ただ笑うだけで何も言わなかった。もしかしたら、彼も私と同じように仕事へ行くのがいやなのかもしれない、と思った。あんなに穏やかな顔をしているおじさんが、そんな悩みを抱えているとは思えなかったけれど。しかしそれ以外に彼の奇妙ともいえる行動を説明する方法は無かった。
そのうち、私は彼に何も言われなくても学校へ行くようになった。
相変わらずクラスに私の居場所はなく、毎日苦しい思いをしていたが、かといって家にいれば苦しくないわけでもないと言うことが段々と分かってきたからだった。
「おじさん、私、これからは何があっても学校へ行きます。病気のときをのぞいては」
「ほほう、それは関心ですな」
「だから、おじさんもそうしてください。もうみんなを困らせようなんて腹黒いことを考えちゃだめです。その顔にそんな性格は似合いません」
「はっはっは。そのとおりですな。いや、まったくです。分かりました。そうしましょう」
それ以来、おじさんは朝、私に会うと、挨拶だけしてすぐに勤務先へ行った。もちろん、私も。
ある日の学校帰り、おじさんの家に行ってみた。
静かに門を開け、庭から中をのぞいてみると、おじさんが安楽椅子に座って本を読んでいた。そして私に気づくとにっこりと笑った。
「こんにちは」
「やあ、いらっしゃい」
「仕事はもう終わったんですか」
「勤務終了時間は四時ですから。さあ、どうぞあがってください」
「おじゃまします」
おじさんの後についていくと、書斎らしきところへ案内された。
大きな本棚にたくさんの本が収まっていた。それでも収まりきらないものは床に積まれていた。
「すごい。こんなにたくさんの本を一度に見たのは初めてです」
おじさんはいつものようににっこり笑ってから、やさしく言った。
「好きなときにここへ来て、どれでもいいから本を一冊持っていきなさい。クラスの全員があなたの存在を認めてくれなくても、本だけはいつでも受け入れてくれます。休み時間に読むといい」
本はあまり好きではなかったが、なぜか本には私を包み込む優しさと余裕があるような気がした。
「これにします」
私は本をとっておじさんに見せた。分厚い歴史の本だった。
「ほう・・・これはまた難しい本を・・・」
「難しいからいいんです。本の内容は理解できなくても、本の真の意味に触れることができるような気がするんです。・・・って、何を言っているのだか」
「はっはっは。なかなかいいことをおっしゃいますな。さあ、持っていきなさい」
私は本を鞄に丁寧にしまい、おじさんの家を出た。
おじさんの言ったとおり、本だけは私を受け入れてくれた。クラスのみんなは私に関する悪口は言う。私のことを無視する。でも、決してそれ以上のことはしない。あまり派手なことをすると、先生に見つかってことが厄介になるからだ。
私は、自分の居場所がちゃんとある本の世界にいればよかった。ひたすら無視。ひたすら読書。悩んでいたことがばかばかしく思えた。私はいったい、何を恐れ、何に苦しんでいたのだろう。苦しみから抜ける方法を寝ても覚めても考え続け、それでも分からず悩んでいたと言うのに、こんなに簡単な方法があったなんて。
「こんにちは。本を借りに来ました」
「ああ、いらっしゃい」
奥からおじさんの声が聞こえると、私はすぐに書斎に向かった。
いつものように、本棚の三段目にある「歴史の壺」シリーズのうちの一冊をとる。
初めておじさんの家に来たときに借りた第一巻の弥生・古墳時代編から進んで、今はもう第五巻の安土・桃山時代編になっている。友達のいない私には、休み時間・帰宅後・就寝前と膨大な時間があったので、どんなに分厚い本でもたいていは二・三日で読むことができた。
「ほう。もう信長と秀吉の時代ですか」
いつの間にかやってきたおじさんは、感心だと言うように言った。
「えっ、そうなんですか」
「そうなんですかって、安土・桃山時代でしょう。安土は織田信長、桃山は豊臣秀吉の時代じゃないですか」
「へえ。知りませんでした。私、歴史はぜんぜんだめなんです」
「おや、そうでしたか。それでもあえて歴史の本を選んだのですね。よいことです」
彼はにっこり笑うと椅子に座った。私はぽつりと言った。
「最近、学校にやっと慣れてきました。クラスに私の居場所ができたのかな」
「もしかしたら、クラスに居場所がないと言うのはあなたの勘違いだったのかもしれませんよ」
「え?」
「あなたの居場所は初めからあったのかもしれません。あなたが気づかなかっただけで」
「どういうことですか?」
しかし彼はその質問には答えず、いつものようにいたずらっぽく笑うだけだった。
それからまもなく、転機が訪れた。おじさんが言っていたのはこのことだったのかもしれない。
その日もいつものように、学校帰りにおじさんの家により、「歴史の壺」シリーズから一冊を選んで鞄に入れ、玄関から外に出た。川沿いの桜はもう散りかけていた。橋にもたれて空を見上げてみた。気持ちのよい快晴だ。
ふと、後ろから私を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、見覚えのある顔の女の子が立っていた。確か、同じクラスの人だ。
「こ、こんにちは」
何を言っていいのか分からず、そんな不器用な挨拶しかできなかった。
「こんにちは。その本、いつも読んでるよね?おもしろいの?」
「難しいけど、とっても面白いよ」
「へえ。頭いいんだね」
二人で川の遠くのほうを見た。頭の中から心臓の音が聞こえてくるような感じだった。少し気を抜くと、倒れてしまいそうだった。
「わたしもね、仲良くしてたグループの中でいじめられたことがあるんだ。ある日突然仲間はずれにされて。いまさら周りの他のグループに入るわけにもいかなくて。別にみんなが私を拒んでるわけじゃない。私をいじめている人以外は、私が寄っていきさえすれば、ちゃんと入れてくれるよ。でも、できなかった。みんなに“いじめられてる陰キャラの人”と思われるのが怖かったの。だから、どんなにいじめられても、平気な顔してたの」
私は彼女のほうを見て何度もうなずいた。彼女は、かつての私そのものだった。
「それから、学校が怖くなっちゃった。いじめがおさまって新しい友達ができても。いついじめられるかも、と思うと怖くてたまらなくなって。そんなとき、あなたに出会った。あなたを見てたら、何だかそんなことどうでもよくなっちゃった。ありがとう。ほんとにありがとう」
「そんな、こっちこそありがとう。私なんかに、そんな大事な話をしてくれて」
「で、ひとつお願いがあるんだ」
「お願い・・・?」
「うん。私の友達になってください。お願いします」
涼しい風が吹き、川の水面に、桜の花びらが一枚、ふわりと落ちた。
「そうですか。ついに友達ができましたか」
「はい。これもおじさんのおかげです」
「まさか。あなたがきちんとした人間だったからですよ。きちんとした人でなければ友達はできませんから」
「そうですか?でもとにかく、おじさんには感謝しています。ありがとうございます」
「いえいえ。私は本を貸しただけですから」
彼は私がどれだけお礼を言ってもそんな返事をするばかりだった。きっとこういう風に感謝されるのが苦手なのだろう。
私は本棚から「歴史の壺」シリーズの最終巻を取り出した。
「ついに最終巻になりましたよ」
「早いものですな。歴史は得意になりましたか?」
「うーん、それは分かりませんが・・・。好きになったのは確かです」
「それはよかった」
「じゃあ、家に帰ったら早速読みますね」
「はい。そうしてください」
私は書斎の扉を開けた。最後に振り返り、なぜか私はこう言った。
「おじさんに出会わなかったら、今の私は無かったと思います。おじさんに出会えて本当によかったです。私って運がいいんですね」
「それは私のセリフですよ。私も、あなたにずいぶん助けられましたよ」
何だか恥ずかしくなってしまった。
「あの、一つ、聞いてもいいですか」
「はい」
「どうして、私なんかを助けてくれたのですか」
すると、彼は優しく微笑んで言った。
「あなたが、助けを求めていたからです」
「・・・そうですか。あ、さようなら」
「さようなら」
その言葉の意味はよく分からなかったが、軽く会釈をし、そのままおじさんの家を出た。
次の日の朝は、なぜかおじさんに会わなかった。不思議に思ったが、時間が無いので学校へ行った。
学校でもおじさんのことが気になって、授業もまともに耳に入ってこなかった。
帰り際に、廊下で見覚えのある後姿を見た。間違いなく、おじさんだった。私は夢中になってその後姿を追いかけた。
いつの間にか、私は校長室にいた。しかし、おじさんの姿はどこにも無い。部屋の中を見ていると、ある一つの写真のところで目の動きがぴたりと止まった。じっとそれを見つめる。額縁の中で、セピア色のおじさんが微笑んでいた。
そのとき、校長先生が入ってきた。
「おや、どうしたんですか」
「あ、あの・・・あれは、あれは、誰なんですか」
「あの写真ですか?額縁に書いてありますよ。この学校の二十四代目の校長先生です。僕が二十九代目ですから、そうですね・・・、今から大体二十年前の方でしょうか」
「そうですか、ありがとうございました・・・」
私は校長室を出て、そのまま走った。信じられなかった。これは夢なのかもしれない、と思った。でも、夢ではなさそうだった。走って、走って、走った。もう息は切れなかった。
倒れこむようにおじさんの家に入った。家の中はしーんとしていて、人が住んでいる様子はなかった。
書斎の扉を開けると、中は何も無い部屋だった。「歴史の壺」シリーズどころか本は一冊もなく、何十年もの沈黙が漂っているようだった。
床に一枚、紙が落ちていた。そこにはたった一言だけ、こう書いてあった。
“ありがとう”
私はその場に座り込んだ。そして、いつまでもいつまでも、泣き続けた。涙は次々と私の頬をつたい、ぽたりぽたりと紙に落ちた。いつの間にかその文字は消え、それはただの真っ白な紙になってしまった。
「どうかしたの?」
突然、声がした。私は急いで涙をぬぐい、声がした方を見た。
友達だった。できたばかりの、たった一人の友達。おじさんが私にくれた大事な宝物。
私は彼女の胸に飛び込んでいった。彼女は何も言わず私を抱きしめてくれた。
彼女の腕の中で、私はおじさんの言葉を思い出していた。なぜ私を助けてくれたのかと聞いたとき、おじさんが言った言葉を。
「あなたが、助けを求めていたからです」
よく読んでくださいました!!長くてすみません・・・。以上、魅世の骨董市作品でしたっ!!
どこまでも続くような広い野原。真っ白な雪に覆われた地面。
きりりと引き締まるような寒さを頬に感じる。
私は目を瞑り、その場に仰向けに倒れた。
凍る、という二文字が、目の奥に浮かんでくる。
孤独は怖い。誰も自分を理解してくれないのは恐ろしい。
心がばらばらに砕け散ってしまいそうなほど。
そのたびに、心を凍らせてきた。
誰も割ることができないほど硬く、そして、冷たく。
私がここまでしているのに、誰も助けてくれない。
そう、みんな、自分のことで精一杯なんだ。
体中が雪に埋もれていく。手足の先がしびれてくる。
灰色の空に向かって息を吐いてみる。
空が白くなり、すぐに元に戻った。
私は、ここにいる。確かに、ここにいる。
そう、この息は、私の息。
私の存在を示す息。
“ここにいるよ”
私の声が、雪の中に吸い込まれてゆく。
“わたしは、ここにいるよ”
体の震えを押さえ、私は何度も、声を発する。
“ここに、いるから”
体が冷えていくのとは逆に、心はあったかくなってくる。
涙が、頬を伝って地面に落ちた。
ぽたりぽたりと、涙が落ちる。
凍ったものは、時が経てば、必ず解ける。
必ず、解ける。
↑ねえ、ちょっと感動系にしてみた(?)よ!ハッハッハ!
前のs.sよりは気に入ってますが・・・どうでしょうか?
よろしければコメントをお願いしますね、ハイ。