美:「さっくん……大事なもの、無かったのかな」
生徒会室で、30秒経過したのを、全員が確認した。呼吸が苦しくなるような錯覚を受けるほど、重い空気になっている。
美希の言葉に応えられる人は、1人としていなかった。そして、自分から言葉を発せる人も、いなかった。複雑な面持ちで、皆がうつむく中、俐羽だけが苦い表情を浮かべている。身じろぎ1つしなかった彼女は、片手を腰から下ろし、腹をくくることにした。
俐:「みんな……聞いてくれ。私が前に言ったように、どう過ごそうとも2週間すれば
帰ってくる。しかし……」
聡が帰ることが判って、空気は少し軽くなった。複雑な表情から、安堵の表情になっていくのを見て、俐羽は言葉を切った。
あらかじめ知らせておいたほうが……それとも---------------------
俐羽が迷っている、ほんの短い間に、ほとんど動かない優歌の表情に明らかな動揺があった。
優歌:「戻って来たときには、もう記憶が……?」
俐羽は黙って、ただ頷いた。
美:「じゃあ、さっくんは私たちのこと忘れちゃうんだ」
咲:「えっ……?ちょっ、ちょっと待ってよ!説明して!どういうこと!?」
優斗:「うむ。それにはわしらも同感だ。優麻もわしも事情を知らぬ。ひとつ、説明を
頼む」
俐羽は、咲乃や2匹だけでなく、全員を見据えて、はっきりと、それでも優しく説明した。自力で帰ってこれなかった場合の“大変なこと”とは、過去1年間の記憶を失くしてしまうことだと。
複雑ではなく、今度は明確に、沈痛な表情を浮かべている。俐羽ですら、例に漏れることはなかった。
数十分に感じられる数十秒の後、美希は、緩んだ左側の束ねた髪を、まとめなおしながら話し始めた。
美:「まあ、こんなお葬式みたいに暗くならなくても。死んだわけじゃないんでしょ?」
皆は目が覚めたようになり、頷き合った。
咲:「そうだね。まだ生きてるもんね。じゃあ、記憶が戻る方法でも探そっか!」
俐:「ふふふ……そうだな、美希と咲乃の言う通りだ。そうと決まれば、早めに動いた
方が良い。今日はもう遅い。明日と明後日は土、日と連休だ。各自で工夫して
調べて来るように」
生徒会室には、すこぶる元気な返事がいくつか響くと、しばらくして人気が失せていった。
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